Toast!!

Nature gives you the face you have at twenty; it is up to you to merit the face you have at fifty. (Coco Chanel)

The Progress of Master's Thesis

現在経済学修士2年目のもうすぐ春学期が終わる。あとは秋学期のみ。

ということで、これまでの状況を簡単に書いてみる。

修士1年春学期

 生活リズムが掴めない。立ちはだかるタスクは授業と研究。

 授業は発表やプレゼンのものが多い。ミクロ、マクロといった基礎科目は学部のような講義スタイルのものが多いように思う。基礎科目とはいえ、私の学部の専攻は経済学部ではなく、生命科学部という完全な理系なので、とても難易度が高い。他の授業では英語の授業も履修しなければならず、ひたすらにそれに振り回される。英語プレゼンがメインの授業なので、予習やその他授業の準備は絶対に絶対にやらなければいけなかった。

 研究は、「何を研究したいか?」ということを決めるので春が終わった。あらかじめ、入学の時点で何を研究したいのかを決めてはいるが、担当の先生に相談すると、「それは研究ではない。」とか「それはまだまだ考えが浅い。」というダメ出しをひたすらに食らう。それを繰り返しているうちに、1年春が終了。

修士1年秋学期

 春学期同様、英語に振り回される日々。春学期よりも英語の授業での求められるスキルが高まり、更に息苦しい日々が続く。大学院の最優先事項は「研究」であるが、そんなことをやっている場合ではないという考えに陥る。

 院生にとって英語の授業がある場合はかなり厄介であろう。英語能力が高ければ話しは別だが。多くの英語の授業のパターンとしては、英語の文献や先行研究を読んで理解し、次週に発表とディスカッションというもの。そして、英語の授業といっても、授業の使用言語は日本語の授業もあれば英語のみの授業もある。私の場合は授業の使用言語も英語のみだったので、まるで国内留学している気分だった。間違いなく英語力と英語のプレゼン能力は向上した。嬉しいことだが、この時の生活には戻りたくないし、これからもそう思い続けるだろう。

 そして、この1年生の秋学期は、「美女と野獣」に出てくる野獣のような出来事も起きた。神様はいるのか!?と、科学的研究では証明し難い「神様」を少し信じるようになる(※決して私はキリスト教信者ではない。どの宗教信者でもない典型的な日本人である。)

修士2年春学期

 研究に専念できると思いきや、今度は就職活動が始まる。博士課程には行きたくないので、就職活動を始める。今年の有効求人倍率バブル経済期よりも良くなったと聞いて、就活というか社会をあまく見ていたせいで、かなりの焦りが生じる。とにかく夏までには終わらせなければ修士論文の完成に危険が生じるためだ。焦り始めてからは、気にスケジュールをタイトにして、何とか内定と就職先を決めることができた。

 これであとは修論のみ!

 

コーヒーのことを少しだけ深く考えてみる その2

コーヒーから分かる貧しい国と豊かな国

 前回の記事↓ではコーヒー豆を作る国とコーヒーを飲む国、いわゆる生産国と消費国について書いた。

yusuke-k.hatenablog.jp

 コーヒー豆を作る国は経済的に貧しい国が多い。一方のコーヒーを飲む国は経済的に豊かな国が多い。今、世界中でコーヒービジネスは盛んである。世界でコーヒーが売り買いされる世界の取引規模は、1位の石油に次いで2位となっている。そんなコーヒービジネスは、実際に世の中に良い価値を見出せているのだろうか?果たしてどうなのか?これが問題なのである。

 

 コーヒー豆の作る人たちは、いくらくらい儲かっているのか?

 それは、1杯のコーヒーで考えると、約1%以下にすぎない。コンビニコーヒーだと100円で売られていて、その1%というと、わずか1円。これがコーヒー豆を作る人が受け取れる利益。スーパーや量販店で売られているコーヒーだと、約6%以下とされている。レギュラーコーヒー1パック500円だとすると、うち30円が生産者の手に渡る。これが現状だ。

 

 このような状態では、コーヒービジネスが世の中に良い価値を見出せているとはいえない。より良い世界を作っているとはいえない。生産者が受け取る利益は非常に少なすぎる。生産者はこの受け取った利益の中で、コーヒー豆の生産にかかるお金を払わなくてはいけない。生産の規模が大きくなれば、人手も必要だ。コストを考えるうえで、一番の負担となる人件費をこの少ない生産者の手取りからさらに払うことは非常に難しい。

 

 コーヒー豆を作る人たちが貰えるお金が少ないが、それと比較し実際にお店やカフェで売られているコーヒーの値段は高い。ではこの差額は何なのか?利益はどこへ行くのかが次の問題となる。

コーヒー豆を作る人たちが受け取るはずの利益はどこへ行くのか?

 

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 生産者がコーヒー豆(生豆)1㎏当たり受け取れる14セント。そこからコーヒーの生豆を焙煎する焙煎業者に渡るとき、価格は1.64ドルと一気に値段が上がる。これが、店舗に並ぶまでにいろいろな業者の手に渡り、最終的にインスタントコーヒーとして店舗に並べられるとき、イギリスの場合26.40セントとなる。加工処理などで重量ロスのあることを考慮しても、コーヒー豆が作られてから買い物客のかごに入るまでに価格は7,000%以上上がっていることになる。アメリカのスーパーに売られているレギュラーコーヒーに関しては4,000%近く上がっている。

引用 :「コーヒー危機 作られる貧困」(著 オックスファム・インターナショナル 筑波書房)

 焙煎業者は小売業者でもある。いわゆるメーカー。コーヒー豆を買い入れて、焙煎して、加工してレギュラーコーヒーやインスタントコーヒーとして販売する。世界で大きなシェアを誇っているメーカーは4社ほど。社名が知られてるゆえに、ブランドという客を引き付ける力もある。

 分かりやすく言えば、利益の多くはこれらの焙煎業者としてかかわっているメーカーにいっているというのが現状である。

 では、ここで述べたメーカーとか焙煎業者が悪いのかといえば、そうでもない気がする。

 続きはまた次の記事で。